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阿奈志神社

支部名 小浜市遠敷郡支部
神社名 阿奈志神社
境内社名 金刀比羅神社
旧社格 指定村社
郵便番号
鎮座地 福井県小浜市奈胡62-27
電話番号
FAX番号
御神徳
主な祭典
宮司 吉村定浩
URL (なし)
e-mail (なし)
特記事項
御祭神 大己貴命

由 緒

社殿並に吉村定教等連署山王宮神事等ノ儀ニ付返答書・神社私考・若狭志・神社明細帳・神社明細書等に「第四九代光仁天皇の御代の天應元年(781)に三位中将源義昌が若狭国遠敷郡天ヶ城山に、大己貴命を祀って崇敬された社で、延喜式神名帳に記載の神社である。その後、第六二代村上天皇の御代の天徳二戌午年(958)に奈胡村に社殿を建立して、お遷しして国富庄(羽賀村・次吉村・熊野村・奈胡村)の四ヶ村の総社として山王宮(山王社・山王権現)とも尊称申し上げた。」と記し、また、吉村社家累代系図写には「初代、藤原定義。当阿奈志神社は、天應年間(781~2)に創建。其後、人皇第六〇代醍醐天皇(897~930)の御代□□三位中将源義昌の子息正五位藤原定義。(中略)義昌卿は武将北陸道為見勅蒙若狭国に下り遠敷郡国富庄奈胡天ヶ城に居城し、其後、天徳二戌午年(958)に阿奈志神社を奈胡村に移し祭す。国富庄四ヶ村の総社とし、定義を神主と定め是より代々奉仕の事云々」と記してある。康暦二年(1380)に沙弥大西が神田を寄進し、文明年中(1469~87)に粟屋国春が御供米料を、また、元亀年中(1570~73)に中山縣秀が御供米料を寄進したと伝えている。宝永八年(1711)と明和三年(1766)に石燈籠。昭和三年に御大典記念の社標。昭和三一年に鳥居などが奉納された。明治四年に小浜県から郷社に列せられたが、後に福井県から村社に列せられ、大正元年 八月二十六日に神饌幣帛料供進の神社に指定された。明治四年から明治九年までの地租法改正に伴い当社境内地五七六坪余は国有財産に編入されたが戦後国家管理が廃止となって、昭和二十四年九月三十日に境内地譲与(返還)が行われた。
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