神職専用ページ

安波賀春日神社

支部名 福井支部
神社名 安波賀春日神社
境内社名 滝殿社、大地神社、稲荷神社
旧社格 旧県社
郵便番号 910-2152
鎮座地 福井県福井市安波賀町15-13
電話番号 0776-41-2307
FAX番号 0776-41-2307
御神徳
主な祭典 例祭 10月20日
宮司 吉田文武
URL (なし)
e-mail (なし)
特記事項 神 紋   下り藤
境内地   2480㎡
旧社格   県社
主要建物  本殿 木造銅板葺三間社流造
      拝殿 木造銅板葺入母屋造
氏 子   26戸
社 宝   太刀一振
文化財指定 市 社殿・社叢・滝殿社
御祭神 武甕槌尊 
経津主命
天兒屋根命
比賣大神

由 緒

当社は、社伝によると、後冷泉天皇の御代、治暦4年(1068)の創建という。帝都東北鬼門鎮護のため建立されたと伝えている。
同年5月13日、当社勧請、卜部兼忠を奉幣勅使として、宜命の儀があった。
以来後冷泉院勅願所となった。当時、当社は王城の鬼門であったため、社領三万有余石を寄せられ、越前国中第一の大社として、毎年勅使の参向が行われた。元暦年中(1148~1185)、斎藤実盛の弟、実季が、春日絵を奉納した。
文和2年(1353)2月、朝倉広景が社殿を修補して神事能を挙行した。
永享4年(1432)浦松左大臣重盛の女より願文があって、華表、鰐口、戸帳等を寄進された。
その後、国主、朝倉孝景(英林)が、深く当社を崇敬して、数多くの社領等を寄進し、祈願所とした。いよいよ国中の崇敬するところとなり、社運隆昌したが、文明年問遂に兵火にあい、孝景(英林)が、更に再建した。
しかしついで、天正の乱が起って谷中大火災の際に、神主、吉田定澄も、御神体を奉じて難を江戸に逃れたという。
松平氏治国の時に至って、松平吉昌が、元禄13年(1700)に社殿を再建、境内社たる滝殿社も造営された。
この時、中納言、藤原実種の奏聞あって勅額を賜っている。
同11年、実種は、時の諸公に筆を取らせて三十六歌仙の額を奉納され、正徳2年(1712)10月、松平吉邦は社領五〇石を寄進した。
以後、松平氏の崇敬篤く、毎年社参があって、上下の尊崇も極めて厚かったが、明治維新以後、社領が廃止され、足羽の清流に臨んで、古杉うっそうとして、建築も古雅なる社であったが、次第に衰えた。
明治5年11月に郷社に列し、同8年6月に県社に列せられた。
昭和63年に社殿・社叢・滝殿社が、市文化財に指定された。
検索ページにもどる